夏が来れば思い出す。(本当は5行くらいでまとめるつもりだった)
今から20年ほど前。
私は、若き旅人だった。
その年の夏休み、私は一綴りの鈍行切符でひたすら北上し、
北海道を一周してやろうと目論んでいた。
私は出発の3か月も前から新しいバックパックを用意し、
時刻表と地図を交互に眺めながら、旅の途中の出会いや、
旅先での冒険を妄想し、胸を躍らせていたのだ。
出発当日、私は早々に墓参を済ませるとJR駅のホームで普通列車の到着を待った。
旅の始まりである。
休みなく働くサラリーマン、部活に向かう学生たち。
いつもと変わらない日常を運ぶ普通列車。情緒のかけらもありゃしない。
私は間もなく、そんな列車に運ばれて自分史上最大の旅に出ようとしていたのだ。
旅は長い。その始まりは、こんな調子でいいのだと一人ごちていた。
やがて、私の乗るべき列車の足音が聞こえてきた。
東海道本線 熱海行き。私は4時間以上、この列車内で過ごすことになる。
OK。バックパックの中にはお気に入りの文庫から
この旅のためにとっておいた新刊まで、たっぷり詰め込んである。
いよいよ列車が近づいてくる。
構内放送が列車の到着を告げる。私の胸は大きく高鳴った。
その時である。
私は下腹に猛烈な、締め付けるような感覚を覚えた。
いつものアレだ。
私は緊張をすると、ほぼ確実に腹をくだす。
経験則からいって重症だ。
これから4時間以上も列車に乗ろうとする男に、あってはならない事態。
逡巡。それでも、私は意を決して乗り込んだ。
その時の、車内に足を踏み入れた、その瞬間の情景は今でもはっきりと覚えている。
結果的に私は次の駅で降り、便所にかけこんだ。
この日も、ひどく暑かったはずだし、
蝉の鳴き声も騒がしく響いていたはずだが何一つ覚えていない。
下着に付いたう○このインパクトの前には、そんな情景など無に等しいのである。
下腹の痛みは不思議なほどに消えていた。
私は旅を続けた。