♨ 気分か。
地下鉄車内の出来事である。
ひとつ席が空いたので、私は高齢者でありながら、
あたりをうかがい、誰も座る意志もそぶりを見せないことを確認してから
その席にゆっくり座ろうとしたのだ。
そして、座った途端。
言葉では再現できかねる声を、私は発した …… ようだった。
まさか、座った両隣の人たちは、その声にならない声を耳にしたのだろうか。
特に変わった様子は見られない …… ようである。
声にならない声は、私の脳内に漏れ、共鳴したのかもしれない。
そうだ。以前にも、その声にならない声を発した記憶が、
高齢者特有の時差をもってよみがえってきたのだった。
「温泉に入ったときや!」
そう。ほかの方々が湯につかっているなか、湯を波立てることなく、
ゆっくりと穏やかに温泉に入る所作の類い。
両隣に座席する方々に対して、クッションの反動を起こさないよう、
ゆるりゆるりと座った至福感が、あろうことか、
あの声にならない声を呼び起こしてしまったのであった。
公共の場では、私にとって、温泉も地下鉄車内も、
同じ位置づけに語れるまでの域に達したのかもしれない。
声にならない声。
再現してみると、「あひゃひひゅううう〜」であろうか。
ちょっと違うな。
温泉行きたい。